塩漬け屋つけぼー 50、80喜んで(`・ω・´) 

家庭問題、株、テレビゲーム、家電、本など。日々の記録や気持ちをちょこちょこ書いてます。何歳になっても楽しく過ごしていたい。

働く意味と、辞めた意味

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数年前、人間関係と古い社風に心がだめになって仕事を辞めました。

旦那さんが、

「病んでまで続ける必要なんてない、その分家事がんばってくれたらいいさ(^-^)」と辞めさせてくれました。 

 

私はそれまで、

「転職先もやりたいことも決めずに病んで仕事を辞めるというのは人として落ちぶれるということ」だと思ってきたので、

心機一転するために辞めさせてもらったにも関わらず、

「仕事を続けていたかった」と辞めたことを後悔することこそないものの、辞めた自分を肯定することもできず、

自分が旦那さんの足を引っ張るだけの存在にしか思えなくて生きる意味が見いだせず、

無気力で体が動かず、日中最低限の家事しかやれてない期間が数ヶ月ありました。

 

今思うのは、

そうやって悩んだり落ち込んだり暗くなることは、

決してダメなことではないとは思うんです。

(巻き込まれる旦那さんには申し訳ないけどね!)

ただね、ただ、

悩んだり病んだりで終わるんじゃなく、

「悩んだり病んだりした分だけ、後々にそれを原動力にして、びょーんと前に進む力に変える」ことが大事なのかもしれないなぁとも思うんです。

そしたら悩んだり病んだりしたことも無駄にはならないし。

そもそも悩んだり病んだりしつづけるなんてつらいもん。

前向きに生きるのが義務だとは思わないけれど、前向きの方が、少しだけ生きやすくなるような気がします。

 

未だに、

病んで仕事を辞めたことがクズだったのかどうかは答えが出ません。

でも、

私にとって前職は「生活するために稼ぐこと」だけが目的・やりがいだったので、

「生活するために稼ぎにいってるのにそこで病んで死に急いだりしたら本末転倒」だったし、

仮に、「辞めた(稼ぐ環境を捨てた)」ということがクズな選択だったとしても、

辞めたあとに他で稼ぐことができるようになれば、結果的にはプラスマイナス計算ではゼロorプラスにできると思うんです。

何が言いたいかというと、ようするに、

次にやることも決めずに辞めたことは(クズな選択だったとしても)後悔はしてないし、

辞めた後の行動によって「辞めたことに意味や価値をつける」ことができるんじゃないかなぁということです。

辞めた価値作りは、今の自分に託されているのかなぁと。

 

そういうわけで、今の私のやりがいは、

笑われるかもしれないけれどw、株です。

幸い、最近突然始めたわけでなく、数年前からやっていたので、細々とでも続けておいてよかったなぁと思っています。

毎月パート代~前職給与くらいは稼げているし、

在宅なので家事もやりつつやれることが大きなメリットかなぁと思っています。

旦那さんが仕事が忙しいので、私が在宅で稼ぐことによって家事を一手に請け負えるというのも大きいです。

億り人とかは異次元の話だけれど、

毎月前職(手取り20弱)くらいを安定的に稼げるようになって、

専業投資家と名乗れるくらいにはなりたいなぁと思っています。なかなかこれも難しいけどね。

 

でも、株は、

例えば、

毎日自分にはなんの変化も起きなくても

株価には毎日変化が起こるので、

間接的に自分の毎日にも変化が起こるから、

正直それだけで、日々を過ごしていくことにメリハリができて良いことだなぁと思っています。

株価みるために日中ダラダラすることもなくなるしね。

雇われて働いてたときよりは時間の拘束も少ないので、明るい時間に外を散歩してねこと触れあえたり、すいてる時間に夕飯のお買い物もできます。

日々の繰り返しに疲れたり閉塞感のある人は株はおすすめです。リスクはつきものだけどね。

 

さてごはんをつくろう。

稼げば稼ぐほど、やれることが増えていくし、おいしいものも食べれるからがんばるぞー